【執筆中】摂理を愛する国【ブックマンの話】

1台の赤い車が、1本の平坦な道を走っていました。

助手席には年若い少年が、気持ちよさそうに眠っています。運転席では、身なりのよさそうな服装の人物が、ハンドルを握っていました。

「ストア、あまり寝すぎると夜に眠れなくなってしまいますよ」

ストアと呼ばれた少年は、大口をあけて欠伸をひとつ、「風が気持ちいいなあ」と言って、再び眠ろうと体制を整えました。

「ストア。聞いていますか?」

「だーもう、うるさいなあ。ブックマンが運転している間、俺は暇なんだよ」

「だったら、たまには体を動かしてきたらどうです?」

「眠い時に寝る。眠くない時に起きる。これ即ち、摂理である」

「おや、難しい言葉を知っていますね」

「バカにすんな」

「鳥が空を飛んだり、犬が駆け回るのも、自然の摂理だと思いますが?」

「鳥は鳥。犬は犬。俺は俺」

そう言って、欠伸をもうひとつ。こぼれてしまいそうなほど大きな瞳から、ひと雫の涙を拭うと、ストアは「次の国は、なんだっけ?」とブックマンに問いました。

「次の国は、医療がとても発達した国だそうです。国民はとても長命で、他国からお金持ちの人が移住してくるそうですよ」

「それ、ビンボーな旅人には優しくねぇんじゃねぇの?」

「入国料が発生する場合は、入国を見合わせましょう。金銭以外で、何かしらの手段があるなら、そちらを検討します」

ブックマンがしばらく車を走らせていると、やがて高い城壁が見えてきました。

ブックマンの車を捉えたのか、城壁の一部、ちょうど車の進行方向の壁が四角形に切り取られ、開きました。スピードを落としながら、ブックマンは壁の中へと進みます。壁の中に車が入りきるのを確認して、赤い車は停車しました。壁の中は、まっすぐの道が続き、数メートルおきに黒いゲートのようなものが立っています。進行方向の先の先には、扉があるようでした。

「こんにちは、旅の方。入国をご希望ですか?」

不意に、壁全体から声が響きました。ブックマンは答えました。

「はい。3日ほどの滞在を希望します」

「かしこまりました。入国時、お手荷物の検査をいたします。そのままお車で、まっすぐ進みください。入国ゲートにて、お迎えに参ります」

ブックマンは声の指示通り、まっすぐ車を走らせました。

「うへえ、なんか気持ち悪い。もぞもぞする」

「気分が悪いようなら、少し停車しましょうか?」

「いい、早く抜けてくれ」

眉間にしわを寄せたストアを見て、ブックマンはアクセルにかけた足に、少しだけ力を込めました。

 

「旅人さん、どうもお疲れ様でした。入国審査官兼案内人の910410と申します」

「初めまして、ブックマンと申します。こちらはストア。それで……失礼ですが910410というのは」

「ああ、旧姓名法をお使いなのですね」

 

 

「この国では、安楽死などあり得ません。それは、医学の敗北です!。医療の発展したわが国では、あらゆる病、あらゆる体質、あらゆる障害を感知するナノテクノロジーを駆使しています。この技術のおかげで、わが国の平均寿命は150歳!この偉業、他国では決して真似できないでしょう!」
「すごいね!一番長生きしている人は何歳なの?」
「旅人さん、あなたは素晴らしく幸運だ。明日はこの国で最も長寿の人のお誕生日なのですよ!」