【執筆中】
ランナー、走る、人生折り返し、盛大なゴールと葬儀
【掌編】名前はまだない。
幼い頃から、スプーンというものが苦手だった。
特に先の割れたスプーン。あれで目玉をほじくられたらと想像すると、恐ろしくてたまらなかった。
幼い頃から、お箸も得意ではなかった。
あれを咥えたまま、うっかり転んで喉奥まで押し込まれたらと想像すると、恐ろしくてたまらなかった。
火のつくものも嫌いだった。ライター、チャッカマン、ガスコンロ。うっかり火をつけて、どこかに燃え移ったらどうしようかと、心配で心配だった。実家では、木製の戸棚にポイと入れてあったもので、私はそれが恐ろしくてたまらなかった。
首に絡まるイヤホンのコードや、ネックレスは、窒息しそうで身につけられない。高いハイヒールは、線路で引っかかってそのまま電車に轢かれそうで怖い。だからいつも、低くて太くて野暮ったい靴を履いている。
通勤も嫌い。ホームドアに挟まりそうで、駆け込み乗車なんてもってのほか。でも、なにかの参列みたいにお行儀よく電車を待つのも、そのまま誰かに押されて、線路に落ちてしまったらどうしようと不安になる。
「スミちゃんの世界は、危険でいっぱいなんだね」
たーくんは、私の怖がりをからかった。心配性で、怖がりで、引きこもりな私の、今のところ1番安心できる人。
「現場でね、夏になるとみんな、スウスウするウェットティッシュで顔を拭くの。甘いような鼻につく匂いがしてね、執務室いっぱいに広がるの。あれも嫌い」
「気持ちいいんだよ」
「でも嫌い」
そんなこと言われると傷ついちゃうな、と言って、たーくんは私の頭を撫でた。大きくて温かい手が、ちょっと好き。
「さ、終電だ。帰るね」
「帰っちゃうの」
「次はデートしよっか。どこ行きたい?」
「わかんない」
嫌いなものはたくさん思いつくのに、好きなものを訊かれると難しい。
「考えておいて」
返事をして、玄関で見送って、たーくんは帰っていった。私は、たーくんを見送るこの瞬間も、大嫌い。
小学校で、皆勤賞を取ったことのある私は、中高生では年に1回くらい、仮病を使って休んでいた。大学生になるとさらに酷くなって、出席日数を計算しては、サボれる日数を日々確認していた。大学自体は嫌いじゃなかった。赤煉瓦の本校舎は、どこもかしこも堅苦しくて、でもすごく静かだった。大学生を見るのも嫌いじゃなかった。高くて細くて壊れそうなヒールを履いて、キラキラと着飾った女子大生を見ると、可愛いと思った。ただ、甲高い声で下品に笑ったり、鳥のように可愛い声で陰口を言ったりするのが、耐えられなかった。
社会人になってサボり癖が消えるわけもなくて、やっぱり時々仮病を使って休んでいた。欠勤だとお給料が減って、月末に後悔するのだけれど、結局やっぱりやめられない。朝から昼、昼から夜と、夢と現実が曖昧になるまで眠るのが好きだった。
【執筆中】魔法少女は振り返らない
いつもの朝。
いつもの通学路。
いつもの授業。
いつもの電車。
いつもの帰り道。
仮想世界が片手に収まる時代になったけれど、どんなに夢見たって現実は地続きで、日常はなんにも変わらない。変わらないから、少女達は夢を見る。
夢見がちであることが、少女の条件なら、誰だってきっと、魔法少女になれる。大人も、子供も、老若男女問わずに、誰だって。
だから、私が魔法少女に選ばれたことは、仕方ないことだと思う。
ーーーー 20xx年xx月xx日 火村藍
「こんにちは、ぼくのなまえはキュップル!ぼくとけいやくして、魔法少女になってよ!」
そんなふざけたことを言ったのは、ゲームセンターで取った猫の景品だった。
いつもの帰り道、たまにはゲームでもしてみようと、寂れた商店街の一角にあるゲームセンターに立ち寄った。この猫からしてみれば、運命とでも言うかもしれない。
クレーンゲームをひとしきり覗き込み、目に付いたのは、丸っこい猫のぬいぐるみだった。500円で手に入れてみたものの、目はほつれているし、チェーンも錆びついていて、あまりパッとしなかった。自宅でひとしきり眺めたあと、ゴミ箱に放り込もうと構えた時、それは喋りだした。
「こんにちは、ぼくのなまえはキュップル!ぼくとけいやくして、魔法少女になってよ!」
「…………」
私は、それを、そのままゴミ箱に投げつけた。
「いたい!」
ぬいぐるみは、ゴミ箱の中で悲鳴をあげた。
「ひどいよ!いきなり投げつけるなんて!」
重力を無視し、綿ぼこりや髪の毛をまとったままフワフワと空中に浮かぶそれは、夢も希望もなく、
「………うわ……きもちわる……」
ただ、ひたすら気持ち悪かった。
「おかしいな。普通こういう時って、『きゃっ!な、なんなの?あなたは誰?』みたいなセリフから始まって、『お嬢さん、僕と契約して魔法少女になって!悪と戦おう!』とかなんとか言うと、喜んで契約してくれるって聞いたのに」
「ソースどこだよ、アニメかよ」
最近流行りのアニメで、似たようなセリフを聞いたばかりだ。
キュップルと名乗ったそれは、一瞬激しく輝いたかと思うと、汚れもチェーンも無くなった。真っ赤な毛並みの丸い猫に変身した。
「ま、なんにせよ僕が目覚めた以上、君は魔法少女の素質があるということなんだな。だから、僕と契約して」
「なんでも願いが叶う代わりに魂でも差し出すの?それとも、世のため人のために働いてポイントを稼がないと死ぬとか?あるいは、強大な力と引き換えに寿命を払うとか……はは、バカじゃないの。そんな契約、するわけないじゃん」
魔法少女が活躍するアニメを見る時、私は時々考える。なぜ、魔法少女は魔法少女になるのか、と。
魔法少女の物語には、魔法少女が必要になる背景によって、いくつかのパターンに分かれる。
ひとつめ。人類共通の敵が現れ、これに対抗するために魔法少女になるパターン。
いわゆるヒーローものの女バージョンだ。そして最も王道のパターンでもある。自分にも、自分の周囲にも被害が及ぶため、正義感の強い少女が聖なる力を宿し、巨悪と戦う。故に、魔法少女に選ばれる人間は、正義感が強く、精神的にタフである必要がある。勧誘側の目的は敵を倒すことであり、魔法少女と協力関係を結ぶことになる。
ふたつめ。人類共通の敵が現れ、これに対抗するための生贄として魔法少女を差し出すパターン。
ひとつめのパターンと酷似しているが、敵を倒すために魔法少女の命が必要なパターンだ。魔法少女の正義感につけこみ、大きな代償を払わせて死んだら次の生贄を探す。勧誘側の目的は敵を倒すことが最優先であり、やがて騙されていることに気づいた魔法少女と敵対する。
みっつめ。願いを叶える代わりに、魔法少女になるパターン。
どんな願いでも叶える代わりに、魔法少女になってもらうパターンだ。魔法を使う代わりに、自分の寿命や魂を削ったり、堕落して敵側に回ることになったり、最終的には魔法少女自身が死ぬ。悪魔との契約関係に近い。故に、魔法少女に選ばれる人間は、叶えたい強い願いを持っている必要がある。勧誘側は魔法少女に隠している目的があり、魔法少女と敵対関係を結ぶことになる。
よっつめ。抽選で選ばれるパターン。
戦闘力が高いとか、魔法との親和性が高いとか、一定の基準を満たしている場合、とりあえず魔法少女にする。言ってしまえば、適当に選んでいるから後で選抜する必要がある。故に、魔法少女に選ばれる人間は、どこかしらの能力や性質が秀でていれば誰でもよい。
みっつめのパターン同様、勧誘側は魔法少女に隠している目的があり、最初から魔法少女と敵対関係にある場合もある。
魔力をどこから供給しているのか。勧誘側の思惑はどこか。さまざまな要素が絡み合い、その分だけバリエーションに富むが、私の見立てでは大体この4分類でカバーできるはずだ。
さて、なんにせよここで問題なのは、契約を迫られた場合の対応方法だ。どう考えても契約する方がバカを見る。
「ーーと言う理由で、私は、あんたと契約しない」
滔々と述べた理由について、赤猫は床にバウンドして讃えた。
「すごい!すごいよ、火村藍。両手があったら手を叩いて賞賛しているところだ。君はよっぽど魔法少女に焦がれているんだね」
「……っ?!」
息を飲んだ。照れたわけでもない、まして喜んでいるわけがない。
「なぜ、私の名を知っている?」
「僕は、契約を運命づけられた相手のことなら、なんでも知っているよ。火村藍。17歳。父は交通事故で他界、パートタイムで働く母親は火村ゆずこ46歳。へえ、あまり学校の友達もいないらしいね。いつもの日常、いつもの平穏な生活に飽き飽きして、ネットやゲーム、アニメに夢中な夢見る少女。ね、魔法少女にぴったりでしょう?」
「……なにが、目的だ?」
ここにきて、私の冷静さは音を立てて崩れ落ちた。母親の名前まで知っているなんて、予想外だ。手のひらに冷や汗が浮かんだ。妙に冷たい手を握りしめ、目の前の小さなぬいぐるみを睨みつける。
「僕はただ、君に、魔法少女になってほしいだけだよ?」
私はぬいぐるみを掴んだ。そして、今度は窓の外に放り投げた。
勧誘側というのを、実際はなんと呼べばいいのか、私は決めかねている。彼らの役割は、愛らしいマスコットキャラクターであるのはもちろん、魔法少女の戦闘を補助する役目を担う。不思議生命体か、魔法生物か。なんにせよ、現代科学では説明のできない何かであることは間違いない。
その晩、私はなかなか眠れなかった。
奴らは死神だ。魔法少女は多くの場合、死ぬ運命にあるのだから。御都合主義的に死なないケースももちろんあるが、楽観視するには得体が知れなさすぎる。
忘れよう。
忘れてしまおう。
夢だったことにしよう。
大丈夫、私は忘れるのが得意だ。
ベッドから体を起こし、テレビをつけた。時刻はまだ21時。ちょうどニュースの時間だ。
『今日未明、K市xx川河川敷にて、身元不明の遺体が発見されました』
「そんなに死にたくなくないッキュ?」
「うわあっ?!」
テレビの前に、ふわりと赤色の塊が浮かぶ。思わず叩き落とした。
「ひ、ひどいッキュ……」
「なに……その語尾……」
「魔法少女のマスコットキャラクターは、語尾が必要と聞いたッキュ」
「はぁ?」
「あ、死にたくないなら、なおさら魔法少女になることをオススメするッキュ。火村藍」
なんなんだ、こいつ。
語尾が必要とか、魔法少女のお決まりのパターンとか、本物らしくない言動が気になる。
「なんで私なのよ」
「君は、生態系についてどのくらい知っているッキュ?」
「……せ、生態系?」
「生態系のピラミッドとか、学校で習わなかったッキュ?」
「えっと……肉食動物が増えすぎると草食動物が減って、草食動物が減ると、草食動物を餌にする肉食動物が減って、最終的に全体の数のバランスが保たれる……」
「そうそう、それッキュ。じゃあ、浸透圧って知ってるッキュ?」
「あのさ、理科の授業してるんじゃないんだから」
「知らないッキュ?教えてあげたほうがいいッキュ?」
「っ……濃度の濃い方と薄い方があった時、濃い方が薄い方に流出して、濃度を一定に保つ……みたいな」
「すごいッキュ!優秀だッキュ!」
「さっきからバカにしてんの?!質問に答えなさいよ!」
ぬいぐるみに摑みかかるが、奴はふわりと浮かんで避けられた。
「生態系のピラミッドは、別に兎や狼がバランスを保とうとして保たれている訳じゃないッキュ。水や空気にも役割があるわけじゃないッキュ。でも、世界はバランスが保たれるようにできてるッキュ。言い換えれば、世界は常に、強い力と抑止する力がせめぎ合って、バランスを取っているッキュ」
「それが、私が魔法少女になることにどんな関係があるって言うの」
「火村藍。人間って、多過ぎだと思わないッキュ?」
ピピピピ、ピピピピ。
携帯電話のアラームで、私は目を覚ました。
いつのまにか眠っていたようだ。テレビの電源はいつの間にか消えていた。階下から、母の声が聞こえる。
「おはよう。テレビ、つけっぱなしで寝てたわよ」
台所に降りれば、母の呆れた声が飛んできた。
「ん、ごめん」
出されたトーストをひとかじり、テレビを見ながら母の声を聞く。
「今日、帰りは?」
「いつも通り。バイトもないし」
「お母さん、夜のシフトになっちゃったから、ご飯温めて食べてね」
「はーい」
母は近所のスーパーで働いている。幼い頃に父を亡くしてから、女手ひとつで私を育ててくれた。時折さみしい思いはしたけれど、感謝の気持ちは変わらない。
『昨日、K市で発見された身元不明の遺体は、市立鞍馬高校に通う音峰舞さん(18歳)であることが、警察の調べで明らかになりました』
「やだ、あんたの高校じゃない。知ってる子?」
「いや、うちのクラスじゃないし」
「やーねぇ、帰り気をつけなさいよ」
ニュースキャスターの真剣な声につられてか、母の声も真剣だった。
「わかってる。ごちそうさま」
これがアニメの世界なら、死んだ女子高生は魔法少女で、戦って死んだか、仲間に裏切られて死んだか。昨日の赤いぬいぐるみが脳裏に浮かぶ。
いつも通りの朝。いつも通りの朝食。いつも通りに支度して、いつも通りの制服を着る。
いつも通りの朝を迎えたからか、昨日の出来事が夢のように思えた。
「夢じゃないポヨ!」
「うわっ?!」
声の出元を探り、見つけたのは使い慣れたスマートフォンだった。画面の中に、奴がいた。
「思考と行動が一致しない時ほど、隙が生まれる時はないポヨ?」
「いや……いやいやいや、自由かよ。物理無視かよ。語尾変わってるし」
「キュップルは法則ポヨ。概念ポヨ。エネルギー体ポヨ。キュップルがここにいる限り、スマートフォンは動き続けるポヨ。現代人的には嬉しいポヨ」
「また訳のわかんないことを……」
「藍?時間だいじょうぶなの?」
背後から母の声。慌ててスマートフォンをポケットにつっこみ、
「いってきます!」
私は家を出た。
「なるほど、なるほど。市立鞍馬高校なら徒歩圏内で確実に入学できて、独自の奨学金制度も充実しているポヨ。いわゆる親孝行ポヨね」
キュップルは私のスマホを勝手に動かして、鞍馬高校を検索していた。手で操作してみるが、向こうに主導権があるようだ。うるさい、と一喝してやりたいところだが、奇行に走るわけにもいかない。
「ちなみに、僕の声は君にしか聞こえないようにしているポヨ。内緒話がしたいなら、僕が調整してあげるポヨ」
「調整?」
「声は振動ポヨ。波の波及先を僕と君だけにすれば、内緒話ができるポヨ。僕は概念ポヨ。楽勝ポヨ」
「……ポヨポヨうっさい」
周囲を見回す。道を歩く人々の中で、私の声に反応した人間はいなかった。
「語尾をつけるのは難しいポヨ。親しみやすいキャラクターになるには、うるさくない程度にキャラ作りが必要って聞いたポヨ」
「……いいわ。とりあえず、話を聞きましょう」
概念だの法則だの、断片的な情報では混乱を招くばかりだ。いっそ話を全部聞いてしまおう。
「覚悟してくれたのは嬉しいポヨが、あんまり時間がなさそうポヨ」
「どういう意味?」
交差点は赤信号。私は足を止め、もっと詳しく聞き出そうとした時だった。隣に立っていた人が倒れた。
重たい肉がアスファルトに落ちる音がして、思わず飛びのく。悲鳴が聞こえた。きらりと輝くものが見えて、すぐに包丁だと気づいた。
「火村藍。死にたくなければ魔法少女になった方が良さそうポヨ」
包丁を持っていたのは、男だった。灰色のジャージを着た男だった。笑顔と恐怖が混ざったような顔をした、細身の男だった。
「俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、いっ、いいいひひ!」
男は、私の方へ走ってきた。血で濡れた刃をこちらに向けていた。
いつもの朝だった。
いつもの通学路だった。
途端に目の前の出来事が夢のように思えた。
夢ならそろそろ起きなくちゃ。
目が覚めたら、テレビを見ながら母のトーストを食べて、制服に着替えて、学校に行かなくちゃ。
「藍?あんたまだいたの?」
「えっ……」
振り返ると、母が訝しげに私を見ていた。見回すまでもなく、私は自宅の玄関にいた。
「なん、で……?」
さっきまで交差点にいた。確かにいた。そこで通り魔にあって、殺されそうになって……。
頭の中に、ギラリと光る包丁が浮かぶ。倒れ伏した人影、通行人の悲鳴、笑いながら向かってくる男の顔。ぞっとした。膝から力が抜けて、そのままへたり込んだ。
「なに、どうしたの?」
母の心配そうな顔が、目の前にある。
「……いってきます」
「ちょっと!藍?」
母の声を無視して、私は再び家を出た。
確かめなければならない。さっきの出来事は白昼夢なのか、現実なのか。
走って、走って、交差点が見えるより前に異常が分かる。救急車とパトカーのやかましいサイレンと、人が叫ぶ声がする。交差点は人集りがでよく見えなかった。救急車と報道陣、警察のパトカーが、たくさんのカメラと野次馬が、道路を埋め尽くしていた。
「今朝、K市内の交差点で通り魔事件が発生。信号待ちをしていた男女6名に怪我を負わせた。犯人は自らの腹部に刃物を突き立て自殺しようとしたが、駆けつけた警察官に取り押さえられ、逮捕となった……らしいッキュよ」
私は、確かにさっきまでここにいた。
「よかったッキュねぇ、魔法を使わなければ、火村藍は7人目の犠牲者になってたかもしれないッキュ」
キュップルはふわりと画面から出てきて、そう言った。この生物を気にする者は誰もいない。
「魔法……?私が……?」
「君の魔法は『現実逃避』ッキュ。起きた現実から逃げたいという強い思いによって、好きな場所に瞬間移動できるッキュ」
「私が、いつ、あんたと契約したのよ!」
思わず大きな声が出て、慌てて口をふさぐ。でも、誰も私のことを気にかけない。
「契約と言っても、言うなればただの比喩表現だッキュ。火村藍、君が魔法少女になるのは必然だッキュ」
「……どういう意味?」
「学校に行かなくていいッキュ?遅刻するッキュよ?」
スマホの画面を見れば、遅刻ギリギリの時間だった。サボるか?行くか?一瞬の逡巡の末、意気地のない私はいつも通りの通学路を歩き始めた。
授業中も口うるさく魔法少女の解説でもしてくるかと身構えていたが、実際キュップルは大人しいものだった。画面をチラリとのぞいてみると、ニュースサイトやSNSを片っ端から読み漁っているようだ。
「人類の目に見えない法則性や社会通念などの感覚が僕には不足しているッキュ」
と、私にしか聞こえない言葉で言った。
社会通念も常識も、持ち合わせていない人類のことを調べてどうするのかと思ったが、わざわざ反論するほどの元気を私が持ち合わせていなかった。
魔法少女。そして『現実逃避』という魔法。
一昔前の魔法少女なら、たくさんの呪文を使いこなしていた。だが、最近の魔法少女は特定の魔法しか使えない傾向にある。特殊能力、と言った方が近い。
『現実逃避』について、キュップルは言った。「起きた現実から逃げたいという強い思いによって、好きな場所に瞬間移動できる」と。
まさに現実から逃げ出すための魔法。でも、まぎれもない現実だった。
【執筆中】タイトル未定
1.事実は小説より奇なり。
春。新学期に新入社員。何もかもが新しくなる季節。気温も暖かくて過ごしやすい。新緑が輝き、草花が茂る、写真撮影にもってこいの時期だ。
「それなのに、肝心のカメラを忘れるなんて……」
盛大なため息とともに、戸山あかりは頭を抱えた。今日は業後に新入社員の歓迎会が行われる。趣味で写真撮影を嗜む彼女は、社長に直談判し、社内行事のカメラマンを買って出ていた。だが、肝心のカメラがなければ何もできない。
「といっても、どうせ居酒屋だから絵にはならないんだろうけど……」
いっそ、スマートフォンのカメラでなんとかしてやろうかと、某林檎社の愛用スマホを見つめた。スマートフォンの内臓カメラといっても、明るさと視野角の広さは馬鹿にできない。暗い空間でも、焦点を当てる場所に気をつければ明るく撮影できる。それから、今見ている対象をそのまま写真に切り取ることができるのもポイントが高い。
「いたっ」
今夜の作戦を考えていると、向こうから来たサラリーマンにぶつかった。いつもなら体制を立て直すのだが、上の空だったせいか、そのまま足をひねって転びそうになった。
あーあ、ここでイケメンが私を支えてくれたら。
などと、戯言を考えてみる。現実は、ただただ非常である。否、積極的に現実逃避をしているのは戸山の方だ。
戸山あかりの肩書きはプログラマーだ。IT系の企業にはよくある話だが、戸山は客先常駐の出向として働いていた。
一般的な考えとしては、会社に勤めればその会社が所有する建屋の中で、その会社の仕事をするものだ。だが、殊に人手が必要なシステム開発の案件では、発注した会社の協力会社が、発注先の人間として業務に従事する場合がある。協力会社のさらに協力会社が入る場合もあり、孫請け、玄孫請けなどと揶揄されることもある。
孫請けや玄孫請けと聞くと、悪い印象を受ける人もいるが、現場としては「システムが無事にリリースされればよい」と考えることが多い。使える人材が従事してくれれば、それに越したことはないのだ。
戸山あかりは、今日から新しい現場に参画することになっていた。
【執筆中】2.しらすの夢【眠れない君に贈る愛言葉】
2.しらすの夢
僕の妻はライターだ。外出する事もあるが、ほとんど自宅で仕事をする。毎日が休日に見えて、毎日が仕事の日だ。
僕は会社員だ。昼間のほとんどは外出する。残業して、夜遅い日もある。けれど、休日はカレンダー通り。
僕らは週末になると、電車に乗って、少しだけ遠出する。行き先は、大抵の場合、僕が決める。
「次の週末、司くんはどこに行きたいですか?」
「ゴールデンウイークで混む前に、鎌倉に行きたいな。湘南、江ノ島、あの辺をぐるっと」
「いいね。私も行きたい」
調べてみると、最寄駅から鎌倉まで1時間程度だった。「案外近いね」と、結衣が言った。「そうだね」と、僕は言った。
私はしらすでした。親兄弟も一緒です。網にかかった私は、みんなといっしょに捕まりました。
水がありません。呼吸ができません。苦しいです。親兄弟の重さで、内臓が圧迫されます。痛くはありません。ただひたすらに苦しいのです。
設定資料を非公開にしました。
記事がたまると設定資料を掘るのが大変なので、UnPublishedにしました。
最初はメモ代わりだったけど、Twitterに貼ったら意外とみなさん見てるので、恥ずかしくなってきたってのもあります。
読んだ人は今すぐ脳内メモリから消去してください。さもなくばクラックします……なんてね。
最近、YoutubeでLife is Strangeの実況を追いかけています。
好きな実況者さんなので、投稿の度に動画をチェックしてるのですが。今回は問題発生。Life is Strange自体を、半年前に購入し、途中までプレイ済みってこと。
動画を先に見るか、ゲームを先にプレイするか。悩みに悩みました。食事が喉を通らないほど悩みました。悩んだ結果、ゲームが先になりました。
楽しみなものが2つあった時、選択するのは消費者ですが、うっかり見てガッカリするのも嫌ですから。
(映画観る前に、ハリーポッターのxxxxがxxxxxなんて聞かされた時のショックとかね)
以上、設定資料を掘るのが面倒くさい理由の代わりに用意した、それっぽい理由でした。
ちなみに、Life is Strangeの結末ですが、
まだショックから立ち直れず、実況動画を追えずにおります。個人的には、ゲーム持ってるなら、先にゲームをプレイすることをお勧めします。
また、SteamのアカウントやPS4をお持ちの方で、映画のような世界観が好きな人は、ぜひチェックしてみてください。
以上、ダイレクトマーケティングでした。
【執筆済】1.蜘蛛の夢【眠れない君に贈る愛言葉】
1.蜘蛛の夢
僕の妻は、地に足をつけた夢想家だ。
学生時代は哲学を専攻していたと言う彼女の行動原理は「超人」にあり。「何度巡っても何度繰り返しても後悔しない生き方をする」といって、時々思い切りの良いことをする。例えば、人見知りなのにイギリスへ1ヶ月の語学研修に行ったり、誰かの上に立つのが苦手なのにサークルの代表をやったり、そういうことを平気でする。その度に上手くいかなくて泣いて傷ついて、でも頼まれると断れない。
曰く「引き受けないで罪悪感を感じるより、いっそ引き受けてしまった方が気分が軽い」そうだ。「後ろ向きだ」と言うかもしれないが、彼女は責任感の塊みたいなものなのだと、僕は思う。
就職してからも、僕の妻ーー結衣の生き方は変わらない。変わらないから、ひどく不器用な生き方をして、結衣は大きく傷ついた。傷ついたのだと、僕は思う。そんな彼女の逃げ道は、夢想すること。彼女は昔から本が好きで、幼い頃から物語を書いていたそうだ。僕と結衣が出会ったのは大学に入学してからだから、本当に好きだったか証明する手立てはないのだけれど。
けれど、結衣の豊かな想像力は、時に彼女を傷つける。僕がそのことを知ったのは、結婚してからだった。
付き合い始めてから3年後、僕たちは結婚した。婚姻届だけ出して、式は挙げなかった。僕の実家に行って、僕の母と3人で寿司を食べた。
僕の母は、結衣のことをいたく気に入ったらしく、それから実家に帰るたびに「あんた、ちゃんとしなさいよ」か「ランドセルはいつ買えばいい?」か、あるいは両方を投げかけられる。
彼女の実家に挨拶には行っていない。彼女が行かなくていいと言ったからだ。
「私は、もう家を出たから、関係ないの」
結衣は、家族のことを話したがらなかった。きいてしまうと、彼女はひどく不機嫌になった。だから僕は、彼女の家族について何も知らない。
僕たちは大人だ。だから、両親の同意がなくとも、婚姻届を出すことはできる。
名字が同じになってすぐに、2人で暮らす部屋を借りることにした。駅から徒歩5分の、電球のない部屋に引っ越した。
「蛍光灯、買ってこなくちゃ」
引っ越してきた日に、彼女はそう言った。すぐに駅前の商店街へ、手を繋いで買いに行った。
こじんまりした電気屋が一軒だけ見つかった。10年使えるLEDと、3年で電球が切れる蛍光灯のどちらにするか迷って、「10年先なんて、まだ上手に想像できないから」と蛍光灯を購入した。
僕はエンジニアとして、結衣はライターとして、日々パソコンと格闘していた。キーボードが見えなくなるから、蛍光灯の明かりは重要だ。
けれど仕事しない時は蛍光灯の明かりをつけない。一緒に薄暗い部屋で過ごした。シングルサイズの布団に、2人で潜り込んだ。間接照明は、北欧の作家がデザインしたアロマライト。
「普段からライトの明かりを浴びすぎているから、夜くらいは静かに暗闇を満喫しよう」
僕の提案に、結衣は「丸の内OGだもんね」と喜んた。
「OGって、何の略?」
「オフィス・ジェントルマン」
したり顔の彼女。僕は「座布団どーぞ」とクッションを投げた。
眠る時には間接照明を消して、カーテンを開けた。街の明かりが夜空を照らし、僕たちの部屋までうっすらと明るい。
「朝になると、光で起きるんだよ」
結衣は自慢げに言った。悪くない起き方だ。実際、目覚まし時計よりも僕たちをよく起こしてくれる。
結婚して、同じ屋根の下で眠るようになって1週間が経った。深夜2時、窓の外は相変わらず、街の明かりが輝いている。僕はふと目を覚ました。なぜ目が覚めたのか、すぐに分かった。隣から結衣のすすり泣く声が聞こえたからだ。
「結衣?」
僕は起き上がって結衣を見た。結衣は天井を見つめながら、呆然とした顔だった。彼女を起こしてみる。涙と鼻水でぐずぐすの彼女の顔を、パジャマの袖で拭う。彼女が僕の首に腕を回し、僕もまた彼女を引き寄せた。彼女の心臓は、どっどっと早鐘を打っている。
「どうした?」
「夢、みた」
「怖い夢?」
「うん」
「どんな夢?」
「あのね、あの、部屋の隅に、大きい蜘蛛がいたの。すごく大きくて、子供くらいの大きさの、黒い蜘蛛がいたの。私は怖くて、声が出なくって、じっと蜘蛛を見つめて……蜘蛛は黒い煙のような、黒い綿糸をぐちゃぐちゃに丸めたような、輪郭のぼんやりとした姿をしていました。そのぐちゃぐちゃは、だんだん膨張して、私の顔めがけて落ちてきたのです」
「落ちてきて、びっくりした?」
首元で彼女が頷く。正直僕は、子どもの見る悪夢に怯える彼女に呆れてしまった。けれど、その怯え方が尋常ではないことは分かった。僕は子どもをあやすように背中を叩いた。優しく、リズミカルに叩きながら、「残念だな」と言った。
「ざんねん?」
「その夢には続きがあるんだぜ」
僕は、思いついたままに話し始めた。
「天井にはりついた大蜘蛛は、うら若き女の夢を狙う夢食い蜘蛛です。闇を渡り歩き、人知れず夢を食うのです。夢を食われた女は眠ったまま死んでしまいます。
女を守るのは、美しい青年騎士です。しかしこの青年の姿を、女が目にすることはありません。が眠れば青年は姿を現し、女が目覚めれば青年は姿を消してしまうからです。
どうして青年は、女が眠っている間にしか現れないのでしょうか?それは、青年もまた、女と同じように眠りについているからです。
夢食い蜘蛛から大切な人を守るため、彼女の隣で眠っているのです」
おしまい、と締めくくると、彼女はパチパチと小さく手を叩いた。
「感想は?」
「かわいい」
「面白いじゃなく?」
「そんな話を思いついちゃう、司くんがかわいいです」
背中に回した腕に力がこもる。ぎゅ、と抱きしめると、彼女は安心したように笑った。
「もう蜘蛛、怖くないよ」
「ほんとかな?」
「だって、守ってくれるんでしょ?」
結衣はそう言って、いたずらっぽく笑った。よかった。いつもの彼女だ。
この晩を境に、僕は彼女の悪夢を書き換えるようになった。